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2020年11月24日 コース沿道魅力探訪 「コース沿道魅力探訪」番外編 ~鬼滅の刃 一刀石のシーンは、剣聖の里柳生の伝説がモデルか?~

「コース沿道魅力探訪」

今回は番外編として、~鬼滅の刃 一刀石のシーンは、剣聖の里柳生の伝説がモデルか?~をご紹介します。

 

9月27日に行なった奥山ランニングコースの南の滝坂の道は、渓谷沿いの石畳の旧柳生街道になります。

 ここは、トレイルランニングコースとしても有名で、近鉄奈良駅~JR関西本線の笠置駅まで、総距離25.7kmの起伏に富んだコースです。

 その途中、約20km地点が今話題の「鬼滅の刃」の炭治郎と錆兎の戦いのモデルになったと噂される一刀石がある、剣聖の里柳生です。

もし今年、大会が開催されていたなら、「鬼滅の刃」ランナーが、疾走していたでしょう。

 

  

 それでは、10月3日に行われたコスプレ撮影会の撮影ポイントを訪問しながら、柳生新陰流発祥地である、剣聖の里柳生を紹介していきます。

 

①一刀石

 柳生宗厳(石舟斎)が戸岩谷で修行中に、どこからともなく現れた天狗と対決することになりますが、勝負は一瞬、一刀のもとにその天狗を切り捨てました。

 が、その場所には真っ二つに切り裂かれた巨石があり、これを「一刀石」と呼ぶ伝説になっています。

 

 

 

 

 

②天乃石立神社

 この神社は本殿がなく、小さな拝殿を持つほかは「磐座」という巨石そのものが「ご神体」となっている神社で、かつては「能舞台」がありましたが、柳生八坂神社に移築された歴史を持っています。

 

 

 

 

 

➂芳徳寺

 1638年に柳生宗矩が亡父柳生宗厳(石舟斎)の供養のため建立した菩提寺です。

 寺の裏には、柳生一族が眠る墓地があり、資料室には柳生藩の資料が展示されています。

 

 

 

 

 

④もみじ橋

 芳徳寺の麓にあるのがもみじ橋です。

 この近くに柳生宗厳(石舟斎)の家があったと言われています。 

 

 

 

➄旧柳生藩家老屋敷

 柳生藩の財政の立て直しをした家老小山田主鈴の屋敷で、1841年に築かれました。

 邸内は、鴨居・屏風・間取りなど武家屋敷の様式をそのまま伝え、大河ドラマ「春の坂道」

のロケ風景も紹介されています。

 

 

 

 

 

 

➅柳生八坂神社

 この神社は、1654年に柳生宗矩の子である柳生宗冬が、大保地区の八坂神社のご祭神を歓請して社殿を造り「八坂神社」としたようです。

 それ以前は、春日大社の本殿第四殿の御祭神である比売神を祀る四之宮大明神と呼ばれる神社だったようです。

 

 

 

➆旧柳生藩陣屋跡

 1642年に柳生宗矩が3年かけて建てた柳生藩の陣跡です。

 1747年、火災により全焼し、仮建築のまま明治廃藩により姿を消し、現在は、史跡公園として整備されています。

 

 

 

 柳生宗厳が創設した柳生新陰流は、その子、宗矩に引き継がれ、徳川将軍家の兵法指南役として地位を確立し、柳生三厳(十兵衛)の時代には、道場を開き、1万3500人にも及ぶ門弟を育てたという話が残っています。

 今から、300年前、「柳生の剣」を求める武士が柳生街道を行き交わしたことだと思います。

 ひっそりとたたずむ緑豊かな山里の神秘、ぜひ一度、訪れてみてはいかがでしょうか。

 

 柳生街道をハイキングに必見→柳生街道散策ガイドブック

 剣聖の里柳生に到着されたら→柳生観光協会ホームページ

 

 

おまけ…事務局員もその気になってやってみました。

 

柳生観光協会さん、今回の取材協力ありがとうございました。

 

 

 

 

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